西東三鬼『神戸』

 私の膝の上は、善良な人々が無理にすすめながらこぼした酒で、ビショビショになっていた。やがてその冷たい液体は、老父から借りた袷を浸透して、私の膝を冷却した。
 いつのまにか私は震えていた。すると初めて、私の眼前にいる女の胎内の子に、愛に似たものを感じたのである。その夜、祝宴が果てるまで、私は震えながらも席を立たなかった。

 

 

神戸・続神戸・俳愚伝 (講談社文芸文庫)
西東 三鬼
講談社
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