細馬宏通『浅草十二階』

 一望する。見られる自分は見る自分に入れ代わり、世界を間近な外物として掌握する。覗く。見る自分は見られる自分に入れ代わり、相手のまなざしが見出される。塔という無意識の装置は、二つの正反対のまなざしを捏造する。
 『舞姫』によって立ち現れるのは、このような無意識の塔だ。実境を前にしながら、塔に登り、塔からまなざし、景物を一望し、それを間近に集めながら、同時に外物であることを確認する。塔から覗き、まなざすことで逆にまなざされ、実境へと下りおりる。塔とは、そのような感覚と思考の垂直運動である。
 塔のまなざし、それは、自らのまなざしによって相手のまなざしを生む詐術でもある。塔のまなざしを手放さぬ限り、世界からのまなざしに出会うことはない。


浅草十二階 塔の眺めと〈近代〉のまなざし
細馬 宏通
青土社
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