『クレーの日記』

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 四月十六日木曜日。朝早く、町の外で描く。やや散乱した光は、穏やかであり ながら澄んでいる。霧はない。それから町の中でスケッチした。頭の悪いガイドに笑ってしまう。アウグストがドイツ語を教えてやったのだが、とんでもない言 葉ばかりだ。午後になってモスクに案内してくれた。日の光が射し込む、そのすばらしさ! 少しロバに乗る。
夕刻に、街路を行く。絵を飾ったカフェ。美しい水彩画だ。私たちは買いあさる。一匹のねずみをめぐって通りで繰り広げられる一幕。ついにねずみは靴で叩き殺される。
最後に通りのカフェにたどり着く。繊細ながら、くっきりとした色彩の一枚。風車ゲームの名人たち。幸福なひととき。ルイは色彩効果のご馳走を見つけては、私に書き留めろと言う。私ならそれが正確にできると言うのだ。
いまは、仕事の手を休めている。すべてがこんなにも深く、こんなんにも優しく私の中に染み透ってくる。私はそれを感じ、確信を深めている。あくせくするこ ともなく。色彩が私を捉えたのだ。もう手を伸ばして色彩を追い求めることはない。色彩は私を永遠に捉えた、私にはそれがわかる。この至福の時が意味するの は、私と色彩とはひとつだということ。私は、画家だということ。


クレーの日記
クレーの日記
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